小川洋子『人質の朗読会』

 南米を旅行中の日本人八人が人質になり、救出作戦が失敗して全員が爆死してしまった。こんな結末から始まる短編集である。さて、人質たちは監禁されている間に、各々の物語を語る朗読会を続けていた。それは盗聴され録音され、そして公開された。それを九本の短編小説に仕立てたものだ。
 小川洋子を読んでいて、「ひっそり」とか「慎ましく」「慎み深い」なんて言葉が出てきたら、そこは作者が自分の最も好ましい情景を描いている箇所だ。そして、本書に収録された短編すべてが、「ひっそり」とした場所で「慎ましく」とりおこなわれた行為について書かれている。また、『アンネの日記』への関心の強さからもうかがわれるように、彼女の作品には「閉じこもる」、あるいは「閉じ込められる」主人公がよく出てくる。強制されて閉じ込められる場合と、自発的に閉じこもる場合の、違いはあまり問題ではない。例として『密やかな結晶』と『猫を抱いて象と泳ぐ』だけ挙げておこう。江戸川乱歩のように胎内回帰願望をかなえた主題ではない。小川ワールドのそれには、閉じこもることによってひっそりと慎ましく生きたい、という理想が読み取れる。今回の「人質」という設定もふさわしい。つまり、小川洋子らしい一冊なのである。
 アマゾンのレビューに、「朗読の語り口調に、国境や年齢、性別の違いが反映されていない感じ」で、「1人の人間の作り話だ」という印象だった、と書いたものがあった。同感である。この一冊が小川洋子らしい色で統一されていることと、朗読者全員が小川洋子らしくなってしまったこととは、意味が同じだと思う。