2010-06-01から1ヶ月間の記事一覧

水無月の一番、高橋源一郎『「悪」と戦う』(その2)

初出連載と単行本との比較はすでに「群像」七月号で安藤礼二の書評がやっていた。安藤は「モナドロジー」と重ねて『「悪」と戦う』の並行世界を説明している。ライプニッツで説明がつくなら、人間が悪と戦える余地は無い気もする。まあいいや。この小説の最…

「新潮」6月号「市民薄暮」諏訪哲史

私は「ロンバルディア遠景」を読んだだけだ。まだこの人の作風がわからない。知らずに「市民薄暮」を読んだら、作者が同じことに気づかないかも。一人称の主人公が夢の中をふわふわ漂う短編である。朝吹真理子「家路」と似た趣向だ。オチは違っており、諏訪…

高橋源一郎『「悪」と戦う』(その1)

私は萎えた頃の高橋源一郎しか知らない。本屋でぱらっと数ページめくって、それだけの作家。ところが、新刊『「悪」と戦う』はパラレルワールドだと言う。気になるテーマなので初めて読んだ。先月二三日「毎日新聞」のインタヴューには、 1981年のデビュ…

川上未映子対談集『六つの星星』

川上未映子初の対談集である。「ほしほし」と読むらしい。六人との対談七つが収録されている。そのうちふたつが永井均とのだ。すでに触れた、どちらも見事なものである。他の五つはやや落ちるかな。永井との対談と比べたら、どうしてもそんな評価になろう。…

「新潮」6月号「乙女の密告」赤染晶子

赤染晶子には見覚えがある。昨年に「少女煙草」という変わった小説を書いた人だった。「乙女の密告」も登場人物が変わってる。ただ、「少女煙草」と違うのは、「乙女の密告」の登場人物は現実に居てもおかしくなさそうな気がするところである。 舞台は京都の…

「文学界」6月号「「私」の生まれる場所」千葉一幹

川上未映子『ヘヴン』論である。副題は「『ヘヴン』あるいは社会学の臨界点としての文学」だ。意図は明瞭だ。現代批評における「社会学の優位」への対抗である。この点にしぼって紹介しておく。 「『ヘヴン』はいじめを主題にした小説である」という。あたり…

飯塚朝美「クロスフェーダーの曖昧な光」の改稿

飯塚朝美の初の単行本が出ている。「地上で最も巨大な死骸」と「クロスフェーダーの曖昧な光」の二編が収録された。書名は前者が選ばれた。これについては前に書いた。後者は新潮新人賞受賞作で、当時の選考委員たちに酷評された。これも前に書いた。あんま…

尾野真千子、リー・ピンビンの『トロッコ』

芥川龍之介『トロッコ』が映画化された。『殯の森』の女優と『花様年華』『夏至』の撮影監督の映画なのだ。我が家はまだ三か月の子育ての最中ながら、嫁が「行ってきたら」と言ってくれた。よし、土曜に早起きして梅田ガーデンシネマに出かけた。館内はがら…

古井由吉「生垣の女たち」(『やすらい花』)再読

『やすらい花』から「生垣の女たち」を読み返した。この短編集について、「新潮」六月号で諏訪哲史が、「古井氏の最近の小説はどれも「連作」と銘打たれているにもかかわらず、僕には、各々が全く趣向の異なる独立した作品にみえて仕方がない」と述べている…

『1Q84』Book3 再考

村上春樹について書かれる批評というのはどうして「謎本」的なものが多いのだろう。この書き出しは大塚英志「村上春樹はなぜ「謎本」を誘発するのか」だ。二〇〇四年の『サブカルチャー文学論』に入っている。初出は一九九八年だ。このブログでずいぶん取り…

小池昌代『怪訝山』

『転生回遊女』と比べれば、いまのところ、やっぱり小池昌代は短編が良い。「木を取る人」(二〇〇四)、「あふあふあふ」(二〇〇六)、「怪訝山」(二〇〇八)の三篇が収録され、どれも良い。 菅野昭正は文芸時評で「木を取る人」を好意的に評価していた(…

ゼロ年代の50冊

四月に朝日新聞が「ゼロ年代の50冊」なんて企画をやってたんだ。「2000〜09年の10年間に出た本の中からベスト5を挙げていただきました。317人にお願いし、151人から回答が寄せられました」(四月四日)。 選ばれたベスト10が順に、ダイアモ…

十年前の「文学界」を読んだ

ウェーベルンは最も好きな作曲家のひとりである。むかしは良い演奏のCDが少なかった。悪い演奏さえ少なかった。ブーレーズが監修して一九六七年から七一年にかけて録音された全集がやっとCD化されたのは一九八七年である。それもあまり満足できるもので…