尾野真千子、リー・ピンビンの『トロッコ』

 芥川龍之介『トロッコ』が映画化された。『殯の森』の女優と『花様年華』『夏至』の撮影監督の映画なのだ。我が家はまだ三か月の子育ての最中ながら、嫁が「行ってきたら」と言ってくれた。よし、土曜に早起きして梅田ガーデンシネマに出かけた。館内はがらーん、かと思ったら、三十人ちょっと入ってる感じだ。
 川口浩史監督の第一作でもある。公式サイトでの言によると、「日本中を回って「トロッコ」を撮影できる線路を探しましたが見つからず、辿り着いたのが「台湾」でした。当時は林業で使われていたという山中の線路を巡るうち、日本語で話しかけてくる老人たちから日本と台湾には深く大きな歴史が横たわっていることを教えて貰いました。大正時代の短編小説を映画にするつもりが、彼らの想いにも突き動かされ、現代の台湾を舞台とした長編への「挑戦」となりました」。だから、上映二時間ほどの間で原作と似ている部分は二十分あるかどうかだ。原作と同じ部分は一瞬たりとも無い。
 始まってすぐのシーン。じわーっとカメラが動いて、寝ている子供の様子を見に尾野真千子が寝室をうかがう。細い足にでかいスリッパをはいて、ずりずり歩く。その雰囲気だけで、賢そうだけど不器用で頼りない母親だな、とわかった。実際、彼女は自分も子供もコントロールできず、すべてが悲しくなってしまう。近くの席のネーチャンなど感情移入してか、その場面から子供が家にたどり着くおなじみの場面まで、すんすん泣き続けていた。似た反応が他の席からもあった。画面は『夏至』同様、緑色が美しい。期待通りに楽しめた。
 監督作品としてはどうなんだろう。第二次大戦で日本軍に協力したという台湾の老人が現れて、戦時の苦労に何も応えてくれない日本政府をなじったりする場面や、子供の帰還の場面での親子の台詞や、その際に小鳥を飛ばす小細工など、凡庸かつ通俗的で演出過剰でもあり、師匠が悪いんだよなあ、と思わせた。文芸作品よりはケータイ小説やテレビドラマの映画化で大成功する監督ではないか。