「新潮」6月号「乙女の密告」赤染晶子

赤染晶子には見覚えがある。昨年に「少女煙草」という変わった小説を書いた人だった。「乙女の密告」も登場人物が変わってる。ただ、「少女煙草」と違うのは、「乙女の密告」の登場人物は現実に居てもおかしくなさそうな気がするところである。 舞台は京都の…

尾野真千子、リー・ピンビンの『トロッコ』

芥川龍之介『トロッコ』が映画化された。『殯の森』の女優と『花様年華』『夏至』の撮影監督の映画なのだ。我が家はまだ三か月の子育ての最中ながら、嫁が「行ってきたら」と言ってくれた。よし、土曜に早起きして梅田ガーデンシネマに出かけた。館内はがら…

十年前の「文学界」を読んだ

ウェーベルンは最も好きな作曲家のひとりである。むかしは良い演奏のCDが少なかった。悪い演奏さえ少なかった。ブーレーズが監修して一九六七年から七一年にかけて録音された全集がやっとCD化されたのは一九八七年である。それもあまり満足できるもので…

岸田将幸『』(その2)

瀬尾育夫が「現代詩手帖」四月号で岸田将幸と対談している。話題は時事や鮎川信夫や曽祖母など、いろいろである。瀬尾は『』の読後感を語った。かつて岸田の詩に私が感じたのと同じことを、好意的にとらえている。 詩的な逃げというか、イメージや詩的な修辞…

中之島国立国際美術館、ルノワール展ほか

子供の頃に「イレーヌ・カーン像」が好きだった。新聞で複製の小さな広告画像を見かけたのである。ところが大きな画集で見ると、外国人の目鼻立ちは強烈で、髪はおどろおどろしく、どうもいただけなかった。そのうち中学高校になると、印象派より超現実主義…

「小説トリッパー」春号、「群像」4月号の朝吹真理子

旧朝吹山荘を昨年見学した。ヴォーリズ設計の美しい別荘だ。朝吹亮二は朝吹登水子の甥で、朝吹真理子は朝吹亮二の娘なんだそうだ。昨年十月号「新潮」の「流跡」のようないかにも育ちの良いデヴュー作の作者がこんな人だと聞いて、それだけで真理子のすべて…

弥生の一番、青山七恵『魔法使いクラブ』

青山七恵とか津村記久子を読むとよく思う、「また芥川賞を取るつもりなんだろう」。そんな作家が幻冬舎から小説を出した、というのが意外だった。三章に分かれていて、それぞれ主人公が小学校、中学校、高校と成長してゆく構成だ。私は去年に活字になった青…

トキと33歳

佐渡のトキ保護センターでトキが九羽も死んでしまったという。どうもテンが施設内部に入り込んだらしい。調べると、ケージは穴だらけだったようだ、「金網の網目より大きなすき間が260カ所以上見つかっている」(毎日新聞三月一六日)。おかげで面目まる…

国立国際美術館「絵画の庭−ゼロ年代日本の地平から」展

通勤中にポスターを見かけて興味を持った。毎日新聞で高階秀爾が好意的な評を書いている(2月18日)。これが決め手で見に行った。若手を中心に二十八人の作品が二百点ほど。全体としては大学美術部の合同展のようだった。素人くさい。小説も美術も似たよう…

新訳新釈ドストエフスキー『罪と罰』亀山郁夫、三田誠広

亀山郁夫による新訳が出たので『罪と罰』を二十数年ぶりに読み返した。昔の読書をほとんど覚えていない。若い私はマルメラードフの露悪的な端迷惑に嫌悪感をつのらせるばかりで、飛ばし読みだったのである。ところが、いまや五〇歳に近い私はマルメラードフ…

去年と今年の新潮新人賞、特に選評

飯塚朝美は三島由紀夫っぽい。いまどき珍しい本格志向である。昨年に新潮で新人賞を獲った「クロスフェーダーの曖昧な光」には『金閣寺』が使われていた。この時の選評は後に「群像」の「侃侃諤諤」でも話題になったように、ほとんどの選考委員がとげとげし…

芥川龍之介「蜘蛛の糸」

芥川龍之介「蜘蛛の糸」(1918)は子どもの頃から不可解な話だった。それは専門家もよく言ってることである。例によって「蜘蛛の糸」にも種本があって、それと比較するとわかりやすい。 ケラスというドイツ人の『カルマ』(1894)が種本である。それをトルスト…

閑話。

いろんなブログの感想文を読んでいると、高評価の規準に「よみやすい」というのが多い。慣れ親しんだ価値観や世界観が良いんです、ということだろう。そんな、読まなくてもわかってるようなことを、わざわざ時間をかけて読書する、という彼らの感覚が私には…

「新潮」8月号、青山七恵「山猫」

周囲が若い女性ばかりの職場に居たことがあって、その何年間は万巻の書も及ばぬ勉強になった。まったく学ばぬ鈍感な男性の同僚も多い。私が幸運だったのは、占いを趣味にしており、彼女らからいろんな話を聞くことができたことだ。その経験を一言でまとめる…

『1Q84』まつり続(その1)、「新潮」9月号

「新潮」八月号と九月号に福田和也「現代人は救われ得るか」が載った。九月号には安藤礼二「王国の到来」も載った。 いろんな書評を読んだので、それらのパターンも見えてきた。たとえば、青豆の行う正義は人殺しであって、リーダーの悪と大差無いことを指摘…

庵野秀明「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」

私は四十を半ばも過ぎて昨年に初めて「エヴァンゲリオン」を見た者である。それがまた初めて東浩紀を読むきっかけにもなった。ふたまわり近く年下の嫁の影響だ。庵野秀明という名を何十年も記憶にとどめていたこともある。私にとって彼の名は「風の谷のナウ…

『1Q84』まつり「群像」「文学界」8月号

八月号は「群像」と「文学界」が『1Q84』の特集を組んでいる。前者は安藤礼二、苅部直、諏訪哲史、松永美穂の座談会と小山鉄郎の小論。後者は加藤典洋、清水良典、沼野充義、藤井省三の小論である。ほかにも、河出書房が斎藤環や四方田犬彦など三十六人の発…

イーストウッド『グラン・トリノ』、蓮實重彦

ある町に、ならず者の集団がいる。そして、正しく生きようとしてる家の姉弟を脅かす。ここで昔ながらのアメリカ映画なら、ヒーローの登場である。ならず者を皆殺しにして、最後に「おれはもうこの町にいられねえ」とか言って去ってゆく。では現代映画なら?…

卯月の一番、群像4月号、ジュリア・スラヴィン「歯好症」

岸本佐知子が「変愛小説集2」と題して連載している短編翻訳の第四回作品である。第二回のマーガレット・アトウッド「ケツァール」も面白かった。互いの嫌味さえすれ違っているので表面上はたんたんとした倦怠期に見える、という夫婦をあっさり書いている。 …

08年9月号からの「現代詩手帖」投稿欄

二十年ほど前までは「現代詩手帖」を買い続けていた。ただし、古本屋で七〇年代やさらに昔の号をさがす方が好きだった。対談や座談会が頼もしく、鮎川信夫、吉本隆明、谷川俊太郎、大岡信が常連だったからである。一五〇円ほどだった。 私はいま、戦後詩から…

文学界2月号、鹿島田真希「パーティーでシシカバブ」

柄谷行人が、「最近の若手批評家」の傾向として、「他人がどう思うかということしか考えていないにもかかわらず、他人のことをすこしも考えたことがない、強い自意識があるのに、まるで内面性がない」と述べている(『近代文学の終り』2005)。東浩紀などが…