閑話。

 新人監督アンドレア・モライヨーリの『湖のほとりで』を観た。ここんとこ日本アニメとかハリウッド製品ばかりだったので、イタリア映画を観たくなったのである。地味な映画だったのに口コミで大評判になってしまった、というのも気に入った。話は美しい山村の殺人事件だ。謎解きや容疑者との追いかけっこはどうでもいい。しぶい警部さんが関係者の話を聞きまわるだけの映画である。おかげで警部さんは、聞き込み相手から「アリバイとか訊かないのね」なんて言われてしまう。
 たまたま、TAKUMI のページで、「事件とは無関係のエピソードと、事件の捜査が上手く絡んでいない。無関係のエピソードが、何か浮いてしまっている」という評を見た。その通りだと思った。しかし、エピソードと捜査が上手く絡んでしまったら、この映画はありふれた推理物になったろう。事件は映画のきっかけにすぎないのだ。事件のおかげで警部さんは、静かな村の各家庭の隠れていたいろんな事情を聴けたのだ。それに触れるたびに見せる警部さんの表情がとても良い。あ、触れてしまった、という軽い後悔と同情と悲しみである。彼の顔を観る映画だ。
 この警部役はトニ・セルヴィッロ。有名らしい。私の知ってる役者ではオメロ・アントヌッティが出てた。エリセ、タヴィアーニ、アンゲロプロスでずいぶん見た。ほか、人があまり言わない点を書いておくと、女検察官役のサラ・ダマリオという女優さんが、嫁も私も気に入った。おかげで私は出産に立ち会うことを拒めなくなってしまった。