更新さぼりがちのある日。

 梅田のTOHOでトラン・アン・ユン「ノルウェイの森」を観た。あまりに凡庸な映像である。ほんとうにこの監督は「夏至」を撮ったことのある人なのか。本当は同姓同名の「水戸黄門」のスタッフがいて、そいつが作ったのではないのか。
 もういい。この話はやめよう。私は東洋陶器美術館に向かった。ルーシー・リーをやっているのだ。薄手の器や、掻き落としに代表される細い線の集まりが気に入った。透明感がある。彼女が目指したのは、見えるだけで触れることのできない陶器だったのではないか、とさえ思えた。細い線たちは、つまり、すだれなのだ。手を差し込めば、そのまま素抜けてしまうような。もちろん、彼女は多彩な釉薬を使いこなす技術に特徴があって、いろんな地肌を焼いた。空気っぽい器ばかりではないのである。ただ、形は晩年にいたるまで同じようなのをいくつも作っている。それらは、風をすっとかわすような、やはりどことなく素抜けの印象を持った。
 雨の中、歩いて堂島のジュンク堂にも寄る。いやはや、いろんな本が出ているのを知らなかった。『イデーン』の第三巻だって。三〇年して完結かあ。『現象学の根本問題』の新訳もある。旧訳をけなしまくっていた木田元の監訳だ。それから『死霊』を論じた本を見つけた。『死霊』は私の一番好きな長編小説だ。ちなみに一番好きな短編集は『闇の中の黒い馬』だと思う。これら三冊買うと一万円を超えたので、四百円のドリンク券をもらえた。これに百円足して、私の好きなぶどうジュースを飲んで、クッキーも頼んで、店を出る頃には映画の失望はサッパリ消えていた。