閑話。

 結婚してからわかったのだけど、嫁は鉄子なのであった。テレビに映った小海線に私が興味を示した瞬間を見逃すわけは無い。ぱたぱたっと宿と列車が手配されて、当日は朝の五時に堺を発ち、連休初日の午前中には私たちは小淵沢のホームに立っていたのである。清里、野辺山、龍岡城で遊び、二日をかけて終点の小諸に着いた。古城のほとりである。
 しんねりした感じが嫌いで私は島崎藤村を読みたくない。ただ、『千曲川のスケッチ』は一篇一篇が短いし、文章が淡々としているので好きだった。旅を終えてからこうして読み返すと、当時と今とかなり違うが、いまさら旅情というものがわいてくる。かっこつけた現代の文章ばかり読んでいると、自然主義って飛鳥仏のように懐かしい。
 城の懐古園を歩くと弓道場があって、『スケッチ』の「古城の初夏」に出てくるのと同じ矢場なんだろうか。読み進めると「千曲川天守台の上まで登らなければ見られない」とある。十五メートル四方ほどのせまい天守台だった。いまは木が繁って川は見えなかった。そのかわり展望台が張り出して眺めることになっている。文学アルバムなんかの写真はここから撮ったに違いない。その名のとおり川は極端に曲がっているので、写真では意味不明の景色になったりするのを納得できた。
 園内には藤村の記念館もある。館というよりは小屋だろうか。『スケッチ』の「体操教師」や「B君」などの写真があった。ほか、展望台からは山を下る遊歩道に続いており、これがなかなか良い。もっとも、観光客は避けるようだ。