書き直された『ヘヴン』(その2)

 続きを。前回同様、削除された部分追加された部分私のコメント、である。
6章152ページ。死を思う主人公。 そしていまもこの瞬間に死んでいる人が確実にいるということを想像してみた。これはたとえ話や冗談や想定じゃなくて、本当のことなんだと、そう思ってみた。これは完璧な事実なんだと僕は思った。そして生きている以上は遅かれ早かれみんな死んでゆくし、だとしたら人は、なんのために生きているのだろう。生きている僕とはいったいなんだろう。僕はわけがわからなくなり、何度も寝がえりをうち、重い息を吐いた。そのうち、けっきょくそして死ぬということは眠っているのとおんなじじゃないかと思うようになった。
6章157ページ。病院で百瀬を見かけた主人公は近づいてゆく。百瀬に言いたいことがあったわけでも、まさか百瀬の顔を見たいわけでもなんでもなかった。自分でもなにをしているのかがわからなかった。自分の言動、感覚、心理が不可解になる、あるいは自分のものとは思えなくなる。これが主人公には多い。重要な特徴だ。
6章163ページ。百瀬との対決。しかし、主人公は互いの関係を表す言葉が見つからない。苛めている、と僕はすぐに言いそうになったけれど、口にだすことができなかった。その言いかたではなにかが間違っているような気がした。口のなかがふるえてかちかちと歯が鳴った。僕は唾をのみ、あごに力を入れ、深呼吸をひとつしてから、君たちは僕にたいしてひどいことをしているじゃないかと言おうと思ったけれど、その言いかたでも僕の置かれている状況や百瀬たちが僕にしていることの本質はなにひとつ表すことができないように思えた。
6章170ページ。欲求が人の行動原理だ、と百瀬は言った。「違う」と僕は反射的に言った。それからポケットのなかで何度か爪をこすりあわせた。
6章172ページ。百瀬の台詞。良心の呵責みたいなものなんてこれっぽっちもない。なんにも思わない。
7章192ページ。コジマとの距離感が生じて、主人公の口数も減る。「それで、もうだいじょうぶなのね、鼻ね」「もうほとんど治ったうん
7章195ページ。いよいよ目の治療について話さないといけない。「僕が君に手紙を書いたのは、話をしたかったからなんだ」と僕は言った。「うん、それは知ってるよ」とコジマが返事をした。「でもさ、こうやって会えるだけで、まずまず、いいからうれぱみん僕はそれをきいて思わずわっと泣きだしてしまいそうな気持ちになった。コジマは不思議そうな目で僕を見て、それから輪郭のかわってしまったように見える顔で僕を見てにっこりと笑った。僕は歯を強く噛んでなんとか気持ちをしずめてから、静かに言った。うん……でも、きいてほしいことがあるんだよ」重要な改稿だ。主人公はより自覚的になった。これから語ることが別れ話に近いことを、ほとんど彼はわかっている。初出では、コジマの語勢に押されて話せないだけのようにも読める。
 次回はいよいよ最後の8章9章。『ヘヴン』初出を読んでハッとしたのは、8章最後の「それが僕が見た最後のコジマの姿になった」である。ずっと「現在」に添っていた語り手が、いきなり「未来」から「過去」を振り返る大人の視点になる。ここを指摘した書評を見たことは無いが、不思議な一文だ。改稿されたか、一番気になったところだが、結論を言うと、単行本でもそのままだった。