吉田篤弘『圏外へ』

 吉田篤弘『百鼠』(2005)が気に入って、彼の小説はもちろんクラフトエヴィング商会もたくさんそろえた。熱中したわけだが、どうもその後がぱっとしない。『圏外へ』が出たので、これが駄目ならもうお別れだ、と思って買った。作家が主人公である。彼は自分の小説世界に紛れ込んでゆき、自分の登場人物たちと語り合う。「百鼠」を思わせる設定だ。三人称小説と一人称小説の選択が話題になるあたりも似ている。
 登場人物に、自分が作られた世界の人物であることを意識させる、メタフィクション風の作品を今年はいくつか読んだ。しばしばそれは、「複数の私」や「複数の世界」の主題と重なって、「いまここ」の実感を揺さぶってくれた。似たような『圏外へ』には、しかし、それが薄い。「複数の世界」は書かれてはいる。しかし、現実世界と空想世界の階層関係はしっかりしたものだ。だから、両者の区別があいまいになったり、逆転したりするスリルが無い。なまぬるい言葉遊びがだらだら続く印象だった。