吉村萬壱『ヤイトスエッド』など

 生活とか自分の存在とか、現代文学ではそういったものがいかにもろいか、それにまつわる不安がよく描かれてきた。実際はどうだろう。なかなか崩れるものではない。もっとも、日常と自我を維持しようと努力するようでは続かない。むしろ、とことん崩れても、それがその人の様式になってしまうのが無敵である。吉村萬壱のたとえば『ハリガネムシ』(2003)の女の自堕落がそうだ。彼女のただ生きてるだけの不死身ぶりは、すぐ狂ったりあっさり自殺したりする現代文学に飽きた者には新鮮だった。
 最近作の『独居45』や「群像」十一月号「太り肉」にもそんな面がある。しかし、これらの主人公は、崩壊に意味を見出しているらしく、そこが凡庸である。私の好きなのは「不浄道」で、主人公はさらに輪をかけた理想主義者だが、それが挫折してもまったく傷つかないしぶとさが無敵である。で、「不浄道」の収録された短編集『ヤイトスエッド』を買ったのだが、期待はずれだった。表題作にしても、連作「B39」「B39-2」にしても、暴力や堕落や狂気を意味づける志向がやはり凡庸にうつる。