霜月の一番。津村記久子『アレグリアとは仕事はできない』(2008)

 三月に図書館に貸出を頼んだ本がやっと順番がきて読めた。ぎりぎりまだ一年たってない本だから、これを新刊と認定して今月の一番に。二篇収録されているうち、表題作が良い。
 職場のコピー機の調子が悪い。機械が自分に悪意を働かせているのではないか、と主人公は疑う。『ポトスライムの船』に、壊された自転車の場面があったが、この作家には、世界がままならぬ場合、それを悪意として感じる感受性が発達してるのだろう。
 かくて機械と主人公の確執が始まる。コピー機にこだわって仕事が手につかない自分、「あの人、変よ」という周囲の視線、との確執でもある。この機械は、自分が使う時だけ、切羽詰まった時だけ、動こうとしない、そんな風に思うことが変だとは主人公は充分に承知している。ありふれた「面白い小説」なら、常軌を逸した異常心理の誇張に走るところだ。津村記久子はそう書かない。どこの職場にでもいるOLのように主人公は耐え、抵抗し、自分を支えている。
 当然ながら誰も彼女をいたわってくれない。ところが主人公以上に人知れずコピー機に疲れている同僚がいた。そこから話は結末に向けて動く。最後は主人公とその同僚との、たぶん別れの場面である。やっといたわりの通い合う情感の美しいエンディングだ。