三島由紀夫賞、前田司郎『夏の水の半漁人』

書き出しは期待させたが、読み進めるうちだんだん心配になってきた。これの受賞理由って、「誰もが通過してきたはずなのに忘れてしまった子供時代のささいな出来事の数々をみずみずしい感性によってよみがえらせた」とかなのでは。まさかねえ、と「新潮」七…

霜月の一番。津村記久子『アレグリアとは仕事はできない』(2008)

三月に図書館に貸出を頼んだ本がやっと順番がきて読めた。ぎりぎりまだ一年たってない本だから、これを新刊と認定して今月の一番に。二篇収録されているうち、表題作が良い。 職場のコピー機の調子が悪い。機械が自分に悪意を働かせているのではないか、と主…

群像7月号、田中慎弥「犬と鴉」

十月号が出ている世間に向けて七月号を書くのは気が引けるが、たった三〇ページ強のこの小説は、ちゃんと読むのに時間がかかったのである。読みにくいったらありゃしない。作品として主題を読むなら、つまり、なに言いたいんだよ、というレベルなら、「群像…

塚本邦雄(その2)、短歌の終り

楠見の本のまえがきによると、「歌は滅びた、というのが、中年以降の塚本邦雄の考えであった」。調べると、『詩歌宇宙論』(一九八〇)所収の「明日を語らば」に当たった。「一九六〇年にその後二十年を占つた人人の中には(略)画期的な俊才、若い桂冠詩人…

塚本邦雄(その1)、楠見朋彦『塚本邦雄の青春』

あとがきに「本書はいわゆる評伝ではない」と書いてある。そこにもちょっとひかれて楠見朋彦『塚本邦雄の青春』(2月)を読んだ。ところが、標準的な評伝であった。太平洋戦争中の昭和十八年あたりから、『水葬物語』が三十一歳の昭和二十六年に刊行され、…