エリック・ロメール『アストレとセラドン』

 エリック・ロメールが亡くなった。八十九歳だった。『アストレとセラドン』(2007)をもって引退する、と本人も言っていた後だから、映画作家としては完結した人生だろう。日本で発売された彼のDVD を私はぜんぶ持っている。だから『三重スパイ』以外はほとんど観たわけだ。一番好きなのは『恋の秋』(1998)だな。ヒッチコックを敬愛しながらも、ロメールは自然光と同時録音のロケを好んだ。それも、監督とキャメラマンと役者だけの簡単な撮影だったりする。そんな彼らしい軽さの成功例として『レネットとミラベルの四つの冒険』(1987)も挙げておこう。
 ロメールの素晴らしさを倦まずわれわれに伝えて続けてくれたのが蓮實重彦だった。追悼の意味で、彼が「群像」で連載している「映画時評」から昨年二月号を紹介しておく。『アストレとセラドン』が取り上げられた。
 ロメールが十七世紀に書かれた物語を原作に選ぶ、そして、その舞台が五世紀だというのだから、時代考証を意に介さない「出鱈目」な映画になるのは当然だ。そのうえで、蓮實はこう言う、「思わずはっとさせられるのは、女性たちのローマ風の衣装からときおりぽろりとこぼれおちる幼い胸のふくらみや乳首までが、川の流れや吹き抜ける風や日射しの移ろいのように、当時と変わらぬ自然の微笑みとして画面をなだらかに揺るがせていることである」。
 全体としては映画に下手な解釈をほどこした時評だが、ここはよく書けている。変な話でもあっさり自然に見せてしまうのがロメールらしい。私は「胸」を「幼い」とは思わなかったが、あたりまえの風や日射しがそのまま画面に写し取られてる点には同感である。