「新潮」3月号、松本圭二「詩人調査」

 「新潮」三月号が巻頭で変わった特集をしていた。五十二人の作家がリレー形式で一週間づつ担当して、昨年一年間の日記を完成させるのである。ざっと眺めた程度の感触を言うと、当然と言えば当然なのだが、借金の話が無い、芸者遊びの話が無い、結核になって血を吐く話が無い。デモに参加した人も、共産党を除名された人もいない。みんなが平成の文学者であった。
 これが終わってページをめくると松本圭二「詩人調査」だ。松本は私には『詩篇アマータイム』の詩人である。小説を書くとは知らなかった。彼の公式ページの08/03/07 を見ると、これがいまのところ最新の日記記事である。一昨年の「すばる」四月号に「青春小説」を書いた、とか。題は「あるゴダール伝」かな。そして、「これからは100万部ぐらい売れる小説を書きつつ、誰にも読めない真に天才的な詩集を作ろうと思います」と締めている。するってえと、「詩人調査」が百万部か。主人公園部航は酒におぼれて職を失ったタクシー運転手だ。彼が宇宙人から詩人として認定される話である。宇宙人の報告書を引用しておこう。

 園部航は現在失職中で、強度のアルコール依存状態である。家族からも疎まれているこの人物が、地球上から消えることに不都合を唱える者は誰一人いないであろう。無名の存在ではあるが、予言者、ギャンブラー、テロ組織の首謀者といった詩人条件をおおむね満たしているようである。ただし、残念なことに、未だ詩人覚醒までには至っていない。

 おお大正昭和の文学者だ。それがまたこの作品の限界である。戯画化しているようでも、作品の世界観はこうした詩人像への期待を捨てきれていない。結末に近付くほどそれが露わになり、次第に古臭さが強くなってゆく。冒頭からの主人公の語りは魅力的なだけに残念な一篇だ。主人公が語るほどに呂律があやしくなり、作品が小説を逸脱して「天才的な詩」に変質してしまうような、そんな芸を松本なら持っているはずではないか。