新潮4月号、アジアに浸る、第七回

 SIA(サイア)という九州大学のプロジェクトがあるそうだ。簡単に言うと、高樹のぶ子がアジアの十ケ国を訪れて現地の文学に触れるものだ。〇六年に始まってすでに七ケ国が済んでおり、「新潮」では、高樹の交流した作家と高樹の作品を解説付きで掲載している。各国の作家それぞれのお国柄が楽しめ、また、高樹は句の付け合いのような味わいを出している。
 七回目に選ばれた国はタイだった。作家はカム・パカーで掌編をふたつ。「ぼくと妻」は、性同一障害の同性愛者が主人公という設定である。そんな意外性をオチにしただけの他愛も無い話に思える。しかし、主人公の感情はいたって穏やかで悩みが薄い。性同一障害を「障害」と呼ぶことに違和感を感じさせてくれた。そこが新鮮だ。
 高樹が合わせたのは「トモスイ」という不思議な一篇である。こんな話が書ける人とは知らなかった。「ぼくと妻」が書かせたのかもしれない。男性らしさの薄い男性が出てくる。彼と主人公の女性が夜釣りの舟を漕ぎ出す話だ。獲物を釣り上げてから結末までが幻想的に仕上がった。
 たんに獲物を食すだけの結末なのだが、妙にエロティックである。この獲物について、「毎日新聞」4月13日の夕刊が「男性器と女性器らしきものをあわせもつ、両性具有の象徴のような存在」と指摘したのは卓抜だった。この作品はネタバレしてはなるまい。あとは書かずにおく。