その後の中村梨々と白鳥央堂
三月にふれた中村梨々と白鳥央堂(ひさたか)のその後について。梨々は季刊「びーぐる」の投稿欄で読むことができる。ちなみに、「びーぐる」は「詩学」も「るしおる」も無くなってしまった詩壇の危機意識から昨年に創刊されたばかりの雑誌である。
もう
子供なんていらないと思っていたから
夜の星も数えなくなったし
折り紙をちぎって屋根に張り付けることもしなかった
遠くにあかりがつくことをしあわせだと思った もう
「三番目のこども」(「びーぐる」一月)冒頭である。普通に読めば、すでに二人の子を成した人の詩だ。彼女のブログを読むと実際にそのようだ。子供と星を数えたり、折り紙を貼ったりするのは楽しいが、現在の家庭で十分だというイメージだろう。
魚の骨でからだを飾って
くだものの種がこれから
生えてくると思う
三行省略して、こう続く。子供はもういらない、と思っても、自分の中から生まれてくるものがある。成熟した実ではなく「種」であるのが面白い。ここから詩は盛り上がってくる。
くだものから月が産まれ
海に突き出した風車の羽に置いてきたら
横に並んだ知らない人が手を振りながら
なんです、あれは。こっちに向って手を振ってる。
あたしもあたしの横の人も
置いてきたものに励まされて生きてるんじゃないか
くそくらえだな、
くそくらえだから手も振ってやれなかった
ごめんよ
あれはあたし 三番目のこどもです
やり残したことを思いながら歳月を送るイメージだろうか。強い悔恨があるわけではなく、それが全体の穏やかさになっている。あと四行続いて終わるが省略しておく。
央堂は現代詩手帖賞をとった。私が応援する間も無く投稿詩人を卒業してしまったわけである。高村而葉の受賞は予想できたが、二人受賞は意外だった。ちょっと早過ぎる気がするのだ。「晴れる空よりもうつくしいもの」(「現代詩手帖」六月号)の冒頭を引く。
あなたは詩を書いた 抉られていく部屋の
ブランケットの壁に冷たい指がふれた さいしょの
なぞる指をなぞり水玉が生まれる
古典的な、原稿用紙の升目に文字をペンで埋めてゆくイメージだろう。これに限らず、詩や詩を書くことを詩にするのが彼の詩である。こうした自己言及性は、かつての「麒麟」同人や「言語・数・貨幣」の思想家によって、充分に検討済みの主題に思える。この段階を超えない限り央堂はまだ新人ではないはずだ。
おいで黒馬よ
ぼくは
誕生日を叫声の果てるところに いま
投げたから、また、いそぐよ
風の切れ間へ踏み込めば きみらは そこにいる
美しい名を脊椎に描いたきみらが 未生の教師や、僕らを撃つために
すこし伸びた足で
劣化した喉に映る、まぶしい光をまたいでいる
「其日の子供が新しくけずられた靴底に、たくわえていた詩」(「現代詩手帖」三月号)の結尾である。この人の言葉は美しい。馬を「美しい名を脊椎に描いたきみら」なんて表現するあたりである。この資質はまだ資質のままではないか。もちろん受賞はおめでとう。