永井均『道徳は復讐である』(『ルサンチマンの哲学』文庫化)その1

 二十年前ほどのニーチェの解説書というと、多くはニーチェの生涯に紙幅を費やすばかりで、思想については通り一遍のことしか書いてなかった。結局、一番便利なのはドゥルーズニーチェと哲学』(邦訳1974年)だ、と言うしか無かったのが私の実感である。状況が変わるのは竹田青嗣ニーチェ入門』(1994年)あたりからだろう。ちなみに著者は、「ほんとうに力と元気が出るようなニーチェの入門を」と編集者に注文されていた、と「あとがき」で述べている。実際、永劫回帰を追認し是認することでニヒリズムルサンチマンとは異なる生を見出す、という前向きの内容だった。ドゥルーズニーチェ理解にもちょっと触れてあって、もう記憶に無いが、共感できたことは覚えている。
 そのあとを襲ったのが、永井均の『ルサンチマンの哲学』(1997年)と『これがニーチェだ』(1998年)だった。それに先立つ『<子ども>のための哲学』(1996年)の後半「なぜ悪いことをしてはいけないのか」も含めていいだろう。いろんなことが書かれている。話をルサンチマンにしぼろう。私は竹田のニーチェ理解を肯定した。ただし、それならニーチェ思想には大きな欠陥がある、とも思っていた。永井はそこを突っ込んでくれたのである。つまり、永劫回帰の追認と是認は「悪い意味での開き直り」「痩せ我慢の最高の形態」、要するに「ルサンチマンの最も極端な形態」ではないか、と問うたのだ。
 このたび『ルサンチマンの哲学』が河出文庫になった。大きな違いがあって、『道徳は復讐である』(副題、ニーチェルサンチマンの哲学)と改題された。もっと大きな違いがあって、著者と川上未映子の対談が巻末に収録されたのである。これは買わずにいられない。まだ若手ながら未映子は多くの座談会や対談をこなしている。しかし、私が読んだものはすべて相手が決定的に力不足、正確には脳不足(のうたりん)としか思えず、とても不満だった。文庫化のおかげでやっと楽しめる内容に出会えたのである。