中公文庫「完全版」伊藤比呂美『良いおっぱい悪いおっぱい』

 やっと子供が七カ月になった。妊娠から今日まで出産本や育児書は何冊か読んだ。育児書で特に素晴らしかったのが内藤寿七郎『育児の原理』である。内藤は三年前に百一歳で亡くなった偉大な小児科医である。題名は悪い。乳幼児保健学なんかの教科書のようだ。実際は、学歴も出産経験も無い母親にわかるように書いた、たくさんのアドバイスを詰め込んだ本である。最近のマニュアル式の育児書と異なり、著者の人間味が伝わる。長い経験で腹の立つ事例をたくさん見たであろう、そのうえで、不慣れな母親をやさしく励ますのが感動的だ。嫁は涙ぐみながら読んでおった。親の都合で可愛がったり放置したりするのを戒めているあたりが、私は参考になった。充分に遊んでやってから寝かしつければ良い、とのこと。それまで私は子をあやすとき、泣きやんだら本を読み、泣きだしたら本を置いてあやすの繰り返しだった。いま書店やアマゾンで簡単に注文できるという本でないのが残念である。
 対して、嫁がけたけた笑いながら読んだのが、伊藤比呂美良いおっぱい悪いおっぱい』である。私は『姫』も『青梅』も持っている古い伊藤比呂美ファンだ。一九八五年の初版本もあるはずなのだが見つからない。ちょうど中公文庫から「完全版」と銘打って二度目の文庫化を果たしたところだったので買い直したのである。「胎児はウンコそのものです」という宣言は、私より二十二歳も若い嫁の世代にとっても新鮮だったようだ。「中期の授乳」の解説など、二十五年前の私が読んだ時にはなんてことの無かった部分は、いま読むと笑える。

 中期はまさに、母乳保育の黄金期です。妊娠している間も、なんだかへんに充実して高揚して目的があってたのしい一時期でしたが、授乳の中期というのは、それに匹敵します。(略)つまりこの時期、わたしは、
○わたしが、食料と化して、このアカンボを養っている
○このアカンボの肉も骨もわたしが何もないところから作りあげたのである
○まだ何人も何人も無数にアカンボを作りあげて養うことがわたしにはできる
○わたしはあらゆるものの種子である
○わたしは腐葉土である
○わたしはもっと吸われたい
○私はもっと栄養になりたい
○わたしはもっともっと産みふやし、わたしのアカンボでこの地上をみたしたい という感情に怒涛のようにおそわれました。それはほとんど、新興宗教をおこせるくらいの強いつきあげる感情でした。

 この高揚感が、「いくらじゃけんに扱おうと泣かせようと、乳房を出せば、アカンボは中毒患者のように、ヨダレをたらしながらまっしぐらに這いよってくる」という子に対する圧倒的な主導権と相まって、母親を「おっぱいファシズム」に陥らせかねない、という。
 図書館で初版を借りて比較した。「完全版」には現在の時点での感慨をこめたエッセイが各編に加えられている。それによると、第三子を妊娠したときは中絶も考えねばならない事情があったらしいけど、かつての当時の高揚感がふとよみがえり、「海辺にたっていたら潮がみちてきたときのように全身に快感がひたひたと打ち寄せて、思わずため息をつき、矢も楯もたまらず、産もう、と決めました」とある。
 文章もあちこち手が入っている。無駄を軽く削る、という例がたくさんあった。その小さな手直しの積み重ねで、全体としてもより良い文章になったのではないか。作者としては特に「育児編」を大きく変えたかったらしい。結果はそれほどでもない。この編ではっきり書き変わったのは「完全版」の「あやす・しかる」の章だ。初版では「いじめ・あやし」だった。「完全版」と言うより現代版においては「いじめ」の語を変えずにいては洒落にならない。

 わたしはこわい顔をして、アカンボのてのひらをぴしっとひっぱたく、という方法をとります。そうするとアカンボは泣く。しかし、それも、はじめのうちは叩けば泣く、といった条件反射的な泣き方ですが、成長するにつれ、だんだん、すぐ泣かずに、一〇秒か二〇秒くらい唇をとがらせて、泣きたいのを必死でこらえたあげくに泣く、というこみいった被害者的な態度をとるようになる。あんたなんか泣いたってこわくもなんともないんだからね、とうそぶいて、この表情を見ながら、泣くのを待っている瞬間はまさにいじめの快感です。しかもこっちは、親である、という葵のご紋を持ってるようなもので、人にとやかく言われるスジアイじゃありません。とかなんとか言ってるうちに、被虐待児症候群のコドモができてしまいます。気をつけましょう。

 初版から引用した。「完全版」の「しかる」との大きな違いは、初版の「いじめ」には、やってはいけないことを教えるためにしかる、という論点がまったく無いことだ。「完全版」では、教育として叩くのだということ、そんな正当化をするから親は反省しなくなるのだということ、が書かれている。初版では、親が自分の強さを味わう快感だけしか書かれてない。