2010-01-01から1年間の記事一覧

「群像」9月号、佐藤友哉「ハサミムシのすえ」(1)

昨年に佐藤友哉「デンデラ」が芥川賞の候補にならなかったのは意外だった。けっこう話題になったのに。作者本人も思うところがあったに違いない。芥川賞計画なんて始めている。芥川賞の傾向を分析し、ネットを中心に意見や発想を募集して小説の大枠を決め、…

「新潮」9月号、絲山秋子「作家の超然」(2)

主人公倉渕は首に腫瘍のできた作家で、兄夫婦を伴い、手術の説明を受ける。そこを引用する。私小説だろう。事実の報告を主とした体験記でないのは確かだ。文学的な主題がはっきりしている。この作品にもマニュアル通りの説明をする医師が現れる。前回に触れ…

『マラルメ全集』第一巻(詩・イジチュール)

三十年近くの昔、学生の頃は日本の近代詩が好きだったので、フランス語を知らないながらに象徴主義、特にマラルメへの敬意は持っていた。ブランショ『文学空間』の権威も余韻としてはまだ残っていて、だから、秋山澄夫訳の『骰子一擲』とか『イジチュール』…

「新潮」9月号、絲山秋子「作家の超然」(1)

母ががんになった体験記などいつもは読まないけれど、たまたま私の近親者にがん患者が続けて出たので、「文学界」九月号の小谷野敦「母子寮前」を最初の方だけ読んだ。肺がんの場合、3センチが手術できるかどうかの目安になるそうだ。ほか、やっぱり同じ立…

柄谷中上『小林秀雄をこえて』(3)

以下、中上健次の物語論の引用である。彼は物語を「法・制度」として考える。実は、最も重要なその点はこの長い引用でも紹介しきれない。本書よりは、講演「物語の定型」や蓮實重彦との対談「制度としての物語」などを参照すべきだろう。また、蓮實の『枯木…

柄谷中上『小林秀雄をこえて』(2)

私は中上健次を真面目に読んだことが無い。ざっと目を通してるだけなので、彼が物語を守ろうとしているのか壊そうとしているのか、よくわからなかった。久しぶりにこの本を読み返し、次の言葉に出会えば答は明瞭である。中上 いまのように人がうたいまわって…

柄谷中上『小林秀雄をこえて』(1)

たくさんの本を実家に置いている。それを読むのが帰省の楽しみである。この夏は柄谷行人と中上健次の『小林秀雄をこえて』(1979)を読んだ。対談と評論みっつを載せた本だ。村上春樹が『1Q84』を解説してるインタヴューをいくつか読んでるうちに、物語が気…

葉月の一番「文学界」8月号、綿矢りさ「勝手にふるえてろ」

若い女性が主人公で、彼女には好きな男Aが居る。彼女を好きな男Bも居る。彼女は男Aを追いかける。彼女は男Bを傷つけ捨てる。だが、結末近くで心境の急転回がある。それはほとんど気分的なもので、改心の理由を説明する価値は無い。とにかく、主人公は男…

クリストファー・ノーラン「インセプション」

今敏が亡くなったと聞いて、「インセプション」を見たくなった。三時間近いということで敬遠していたのだけど、他人の夢に侵入する映画という点で、それを見ることが「パプリカ」の監督をしのぶよすがになるような気がした。三時間はあっという間であった。…

閑話。

花村萬月なんて読むのは何年ぶりか。「文学界」八月号に連作「色」の第三回「黄」が載っていた。「もう十年ほど前になるだろうか。書家の提言がきっかけで、手書きか、ワードプロセッサかという論争がおきたと記憶している」。おお、十年前の話なら任せてく…

前島賢『セカイ系とは何か』

セカイ系という言葉を知ったのは最近である。社会的な媒介項を抜いて自分と世界が直結してしまう、という点で、連想したのは、タルコフスキーとか志賀直哉とかだ。そんなにはずしてないと思う。調べたり検索したりしたら、言及してる人がすでにあった。最近…

「考える人」夏号、「村上春樹ロングインタビュー」(その2)

1日目に言われたとおりに『1Q84』Book3 をゆっくり読み返してる。たしかにあんまり嫌うのは悪い気がしてきた。インタヴューは2日目と3日目も読んだ。主に、前者は生い立ちや読書経験について、後者はアメリカで成功する経緯について。どちらも良いこ…

柄谷行人『世界史の構造』(8)「第四部」

世界史は覇権を持つ国が存在する時期としない時期の交代の繰り返しだった。しない時期を帝国主義的な時代と呼ぼう。各国が覇権を争う時代である。一九九〇年以降はアメリカの支配権が崩れて帝国主義的な時期に入っている。そして、(6)で述べたように資本…

十年前の本を読んだ。

こんなものあいつに読まれたら恥ずかしい、そんなあいつの役を担当する者が居なくなってしまった、おかげでみんなくだらないものを平気で書けるようになった、という意味のことをどこかで蓮實重彦が言っていた。いま手元の本をざっと探して見つからなかった…

柄谷行人『世界史の構造』(7)「第三部第四章」

交換様式ABCが互いに支え合う、国家と資本と国民の切っても切れない輪を崩すには、交換様式Dが必要だと柄谷行人は考える。それは普遍宗教が受け持ってきた。しかし、宗教の形をとっていては、そのうちそれは国家のシステムに取り込まれる。(5)で述べ…

読売文学賞、高村薫『太陽を曳く馬』(その2)

禅については秋月龍ミンの本を私は好んで読んだ。坐禅して解脱した瞬間の体験談に関して、その多くは同じ姿勢を続けて疲労したあまりの異常心理にすぎない、と彼は述べている。しかし、体験しか無い者は異常心理と神秘体験を区別する基準を持ってない。『太…

読売文学賞、高村薫『太陽を曳く馬』(その1)

東京の喧噪の真ん中で托鉢と坐禅にあけくれる曹洞宗の寺で、修行僧が交通事故で死んでしまう。この僧の監督責任を寺の者に問えるか。主人公は刑事である。作者の愛読者なら合田雄一郎という名は御存知のはずだ。捜査にあたって『正法眼蔵』を読んでおくとい…

閑話。

私は戦闘系のアニメを馬鹿にして育ち、ガンダムもエヴァンゲリオンも見ずに四十を過ぎてから、二十も年下の腐女子を嫁にもらってしまい、攻殻機動隊やらラーゼフォンやら教わることになって、この世界は結構深いことを知った上に、こないだニュースを読んで…

中之島国立国際美術館、束芋「断面の世代」展、ほか

こないだ奈良に行ってきた。興福寺の展示が変わった国宝館を見たかったのだ。昨年まで阿修羅様をはじめとする八部衆はガラス戸の向こうに並んでいた。病院の人体模型のようで風情が無かったのである。今は、うす暗い部屋の効果的な照明で浮き上がるように設…

柄谷行人『世界史の構造』(6)「第三部第一章第二章第三章」

国家、資本、ネーション、これらについて、そして、それらの密接な関係について論じた。「ネーション」は以下、「国民」と書いておく。 国家を国家の内側から論じてもわからない。国家は他の国家に対して存在する。そう考えて明らかになる国家の力というもの…

「考える人」夏号、「村上春樹ロングインタビュー」(その1)

聞き手が良い。だから村上春樹は三日にわたってすごくたくさん語ってくれている。春樹ファン必読だ。当然ながら『1Q84』の話題が多い。あんまりたくさんなので、全体的な紹介はあきらめて、「一日目」から、断片的なことだけ書いておこう。『1Q84』…

文月の一番「すばる」7月号、荻世いをら「彼女のカロート」

お墓のメンテナンスをするのが主人公の仕事だ。有名人からの依頼がある。ニュースキャスターの女性だ。と言っても、彼女はここのところ休んでいる。耳が聞こえなくなったからだ。主人公の仕事内容よりも、彼女の症状に小説の主眼がある。 彼女が有名であるの…

「新潮」7月号、討議「東浩紀の11年間と哲学」

東京大学で行われたシンポジウムの記録である。東浩紀と『アンチ・オイディプス草稿』の共訳者、國分功一郎と千葉雅也が、『クォンタム・ファミリーズ』を、『存在論的、郵便的』の続編として読めるという観点から論じ合った。この線で初めて語り合えるまと…

柄谷行人『世界史の構造』(5)「第二部第四章」

世界帝国は共同体を越えた世界宗教や普遍宗教を必要とする。それ無しでは帝国内の多様な国民を束ねることができない。宗教とは何か。それは呪術とは異なる。呪術は交換様式Aにもとづく。宗教は交換様式Bである。人間は神に服従して祈りを捧げ、神は人間を…

柄谷行人『世界史の構造』(4)「第二部第三章」

国が唐やローマ帝国ほど大きくなると、もう国家の範疇では理解できない。それは世界帝国である。国や共同体を越えた原理が働く。帝国内の共同体間の交易が大きい。交換様式Bだけでなく、交換様式Cが重要になる。 帝国にはその中核部と周辺部があり、帝国の…

十一年前の江藤淳追悼特集を読んだ

あれ?っと、今年になってから思い出した。昨年は江藤淳没後十年だったのでは。主要文芸誌にその種の記事を見た記憶が無い。いまさら悲しくなって、亡くなった当時の「新潮」「群像」「文学界」といった追悼特集を読んだ。晩年だけでなく若い頃のエピソード…

柄谷行人『世界史の構造』(3)「第二部第一章第二章」

第二部では交換様式BとCが論じられる。「略取と再分配」と「商品交換」だ。両者は不可分だ。それでもひとまづ、前者については国家の発生、後者については貨幣の発生として、分けて説明される。 交換様式Aによって結びついた共同体がまとまってもそれは国…

鮎川信夫賞、稲川方人、瀬尾育生『詩的間伐』

私が現代詩を読めなくなってきたのは、たぶん、平出隆や松浦寿輝を好んで、稲川方人を読まなかったことも一因かもしれない。稲川の方が現代詩であった。今となっては平出や松浦を詩人とは呼びにくくなっている。対して、中尾太一が稲川方人から生まれている…

柄谷行人『世界史の構造』(2)「第一部」

「序説」で述べた交換様式A「互酬」について論じた。一言で言えば、贈与と返礼である。柄谷行人は氏族社会で代表させている。特に共同体間の互酬が扱われる。たとえば、ある氏族から何かが贈られると、贈られた側はそれを他の氏族に贈らねばならない。つま…

十年前の「新潮」7月号、三島由紀夫賞選評

『服部さんの幸福な日』(2000)と『濁った激流にかかる橋』(2000)が好きだから、私は伊井直行の愛読者だ、と言ってもいいかもしれない。特に、筋書きだけ書いたらサイコで緊迫感のあるはずのストーリーを、のほほんと仕上げてしまった前者が気に入っている。…